一年の終わりに

 

 今年は大きな波が大きくうねり、勢いよく自身の環境を、自分らしく変えることができたように思う。

 

 周囲からは「相談してほしかった」と言われ、猛反発を食らって鍼灸師を辞めたことも、ちゃんと考えたうえでの判断であったし、むしろ残念だったのは「もったいない」と言われることばかりで、「どうしてそういう決断に?」と面白く、ユーモアをもって受け止められなかったこと。彼らには彼らなりの人生訓や考えがあるはずだが、何故、互いの考え方を正面からぶつけ合うことが「正」なのか、私には理解できない。

 「自分が我慢してきたから(やってきたから)、お前もそうしろ(我慢しろ)」というのは論理的ではないし、不可逆な人生の時間から見れば致命的である。戦後から高度経済成長の過渡期には、ひたむきな労働力や、苦境に耐える忍耐強さが必要だったのかもしれないが。

 これも、私の考えを誰かにぶつけていることになるだろう。

 

 私は、過去からの習慣で現在、未来を束縛する方法には魅力を感じない。そういう意味では、本当に今年は善い一年であったと思う。失ったものはあっても、今の職場では楽しい人が多く、自然に笑える日々を過ごせている。

 

 下半期でさらにガラッと変わり、従来の株式や投資信託への投資に加えて、暗号通貨での運用を始めた。とはいえ、旧式の思考回路がアップデートされておらず、まだ暗号通貨に対して半信半疑ゆえ、まとめて買うということはしていない。チョコチョコ買い足している程度。

 

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 今年買った洋書。時間がある時に、じっくりゆっくり読んでいるので余り進んでいない。自国語ではさらっと読み流してしまい、理解した気になって実は何も残っていないという苦い経験から、本当に理解したい分野の書籍は洋書(時には中国語)で買うことにしている。だからと言って、英会話や中国語での商談ができる人間ではない。日本語限定仕様である。

 

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 一方、こちらは日本語で書かれた実用書。

 自分を鼓舞させたい内容や、賢くなった気にさせてくれるので実用書は好きである。まるでアハ体験みたいに、書かれている内容が「そういう考え方があるんだ!」と、脳神経を刺激してくれる。あまり時間もかけず、何度でも読めるように読み流す。読み終えても短い間隔で読み返すと、初めて読んだかのような衝撃を覚え、また読み流す。その繰り返しで色んな人の、面白そうな考え方を日々、インストールする。

 

 そしてもう一つ、新しいことを始めた。それはプログラミング言語の勉強。

 pythonの本を読みながら大体、一日15~30分くらい、集中して遊んでいる。まだ始めたばかりで核心というか、基礎的なところを繰り返し繰り返し、繰り返すばかりなので来年の夏くらいには、pythonでできるデータ分析や、深層学習などにも首を突っ込んでみたいと思っている。

 東洋思想とプログラミングを組み合わせて、個々の経験則だけでばらけている要素をDNAの螺旋のように、つなぎ合わせられたら面白いかもしれない。

 

 数時間後には2019年だというけれど、正直、どうでもいい。

 明日も仕事。投資の種を仕入れるため、私は働く。でも、働くこと自体にのめりこんではならない。それはきっと、地獄の入り口をダッシュで通り過ぎるようなもの。

 今朝、スマホをトイレに落とした。あいにく流されはしなかったが、複雑な気持ちも此処に残っている。乾かしたし拭いたし、帰宅後はウェットティッシュでさっと拭いたりもしたけれど、それでもスマホに問いかけたくなる。「お前は本当に、昔のお前なのか?」、と。

 電子マネーのPay機能があるから重宝しており、故障すると非常に困る…。

 

 そんな2018年でした。