忘れようもない初心忘るべからず

 

  大変なことになっている。と言っても、その原因は自分自身の行いにある。

 独自ドメインレンタルサーバWORDPRESSという面白いものに巡り合って、喜び勇んであれよこれよと試行錯誤、「try&error」を繰り返していたところ、いつの間にか費用がかさんでいた。

 

 それも確かに大変でもっと慎重に、念入りに調べてから行動すべきだったと反省しているが、それ以上に無料で、かつ自分自身の経験やスキルを磨きながら、ブログっぽいものを作成できるサービスがあると知ってしまった。こうなると、もう誰も止められない。暴走する好奇心、泡吹く自制心。

 

 「静的サイトジェネレーター」(Static Site Generator)

 あいにく、プログラミングやコードというものをつい最近知り、遅々として進まないがひっそり勉強を始めたばかりの、相当な苦戦を強いられている状況で、よくも手を出してくれたなと己を憎まずにはいられない。

 決して軽い気持ちで手を出したわけではないが、今にして思えば、結構手が早かったのではないかと、少なからず困惑せざるを得ない。

 

 という訳で、全く作業が先に進んでおらず、専門書や技術サポートなどのサイトを読み漁り勉強中。

 

 pythonも中途半端なのに、SQLの勉強にも手を着けてさらにはGitHubを始めてみたり、もはやカオスとしかいいようがない。でも楽しい。厳しい状況だけど達成するため、いまはひっそりもっさりもがきましょう。

 

 

 

好奇心と好機に揺れる大人心

 

 忙しい。仕事ではなく、毎日の作業が面白い。

 レンタルサーバ契約し、始めてみたWORDPRESSがまだ準備中ではあるけれど、手探りで頭を抱えながらの作業が、ホントに楽しくて仕方ない。一からブログを作ろうとするとこんなにも大変なのかと、無料ブログの素晴らしさを思い知っては、「何とかするぞ!」と勢い込んで夜もぐっすり寝ている毎日。

 その合間で、pythonの勉強にも本腰を入れなきゃならんと、時間を見つけてはそっちの研究も力を入れ始めている。if文とか、日常会話で何気なく使っている文法を、プログラミングで表現しようとすると、数字と記号だけで書かなくてはならないので四苦八苦、右往左往している。

 

 珍しく短めに。完全移行するまでには時間がかかりそうなので、また何かあればここに。

 

意志薄弱でも意思はクジャク

 

 前の記事で悩んでいた問題が、思わぬ形で解決してしまった。何故か、他人事のように書くのは結局、またいつもの自分らしく、用意していた選択肢とは別の選択肢を選んだことへの気恥ずかしさゆえ。

 この性格はもう、きっとこのままでいいかもしれないとさえ思う。無理に直そうとすることが、却って曲げてしまうことだってあるはずだから。そういうことにしておこう。

 

www.g-call.com

 謎めいたサイトの仕様に惹かれてしまった。余分なものを削ぎ落としたシンプルさに、むしろ好感に近いものを抱いたけれども、本当に大丈夫なのだろうかという一抹の不安も拭えない。暫くは様子見、何かあればその際に対処すればいいか。

 

 乾燥が強まり、寒さも厳しくなっている。

 もう少しで春が来て暖かくなるけれど、花粉症キャリアは素直に喜べない。花粉と戦う内にジメジメした夏が来て、けっこうな体力を奪われたら秋に入り落ち着いたかと思えば、また乾燥と寒さを抱えた冬が戻ってくる。こうやって文章に起こすとネガティヴで嫌なことでしかない。

 だからこそ、昔の人は日本人なりのユーモアで季語を詠む俳句や、諧謔溢れる川柳が生み出したのだろうか。そう考えると日本人にはユーモアがないのではなく、近代化や経済成長に傾注するあまり、文字通り「忙殺」されてきたのだとおもう。よそ見することが許されない時間の中で、何か見落としているように感じないとしたら、やはり忙しいのだろう。

 それはきっと、日本人だけの問題ではない。

 

 密かに、Slackというコミュニケーションツールを広めようと画策しているが、周りにいる大半がLINEをずっと使ってきているため、なかなかうまくはいかない。広めて何かあるかといえば何もないわけだし、夢でお告げを受けたとか、風が吹いた瞬間に閃いたとかもないけれど、様々なツールがあるのだから試してみたらいいと思う。

 ただ、それだけ。

 

 この世に生まれてきたのは一度きりで、このタイミングに生まれたことを奇跡だと仮定する。仮に奇跡ではないとしても、一度つかんだ風船を手放してしまえば、同じものに出逢うことはないだろう。色や形が同じ風船はあるだろうけれど、それはAではなくA’か、もしくはAに限りなく等しいBではないだろうか。

 

 ふと気づけば、途方もない方向へ話が進んでいた。これもやはり、私の性格だから仕方ない。

 

不純な矛盾も悪くない

 超高齢化社会が進む中、キャッシュレスを推し進めようとしている、歪な現代日本

 現金主義と言われて久しい、この社会の中で一体どれだけ脱現金化を好いものと認識させられるかは、高齢者にとっても十分なメリットが感じられなければ難しいように思う。だからと言って、高齢者のみを優遇すればこれからの社会を担う世代、今も一所懸命に支えている世代を蔑ろにしかねない。

 二律背反で胴体が裂かれてしまうくらいなら、いっそ胴体を正中で折り曲げて同じベクトルに転換してしまえばいい。要するに、考え様。

 

 連休だったので昼間から、タリスカー10年を呑んでいる。そして、酔っぱらった勢いでこれを書いている。久々に呑んだら旨いと感じた。辛みがあるけれど、後味がまったりしているというか。「潮」って感じがする。よくわからない感想。

 

 

タリスカー 10年 箱入り [ ウイスキー イギリス 700ml ]

タリスカー 10年 箱入り [ ウイスキー イギリス 700ml ]

 

 

 さて、話はすっきり変わって。

 iijmioのSMSデータ通信SIMが届き、昨日はSIMの入れ替えや設定で忙しかった。というほど、忙しくもなく、慣れてしまうとAPN設定もそれほど大仰な作業ではないと分かる。MVNO(格安スマホあるいは格安SIM)は通話料が高いので、ほとんど通話する機会がなくても、どこかへ問い合わせるときや職場、サービス登録において安く済ませられるならと、050IP通話サービスを検討してみるものの、いまいちどれがいいか分からない。

 フリーダイヤルや緊急通報は従来の、携帯電話番号から連絡すればいいが、特に制約のない通話をどうするか。プレフィックス番号よりも安く抑えられそうだし、最初はskypeも考えていたけれど、結局割高になりそうな印象があり、別のサービスを検討中。

 

 

ip-phone-smart.jp

www.covia.jp

 無料か有料かも悩む種ではあるが、インターネットで調べてみても最新のレビューや利用に関する情報が少なくて、本当に大丈夫だろうかと訝しがっている。生来、疑い始めるとなかなか動かないから。

 

www.brastel.com

 国際電話とは無縁だけれど。こういうサービスもあるのかと、また考え込んでしまう。結局、今のところ迷走するばかり、特に決定打がない限りは動かないだろう。

 ああと、酔いが回ってきたようだ。

 

 

 

 

 

年明けて 早いよ既に 一週間

 

 2019年は元日から仕事して、今までの自分では考えられない積極性をもって始まったけれど、そのあと二日間は休んでいたから、その間に積極性は脆くも吹き飛んでしまった。ドンマイ、自分。

 まあ、いいよね。無味乾燥、平坦無難な毎日の方が辛い。

 年末年始は相変わらず、暗号通貨や投資の事ばかり考えていて、外に出て消費しようって意欲がほとんどなかった。外に出ても面倒くさいと思ったり、「この金額だと〇〇(暗号通貨)が大体、これくらい買えるな…」と考えたり。正直、今の生活で現金を出すのは職場で買うペットボトルくらいだ。

 電子マネーで買えるものしか買っておらず、すっかりEdyマーフィーに首ったけ。

 

 最低利用期間を過ぎた楽天MOBILEの、050データSIMを解約申請した。結局、最初の数週間だけ使ったきりで、キャンペーン期間が過ぎてからは数百円といえども、使っていないものに毎月料金を支払うことは荒唐無稽ではないかと気付いた(まだ、音声通話SIMは残っているけれど使っているから…)。

 

f:id:ume8yang:20190107185003j:plain

 

 日の丸っぽい、シンプルなデザイン。第四のキャリアに名乗りを挙げたことが話題になりましたが、多様な事業展開、多岐に渡るインターネット事業に携わってきた企業として、今後の通信事情を面白く変えてくれるよう願っています。ってまだ、もう1回線あるのに惜別の言葉みたい。

 MVNOって面白い。道具でしかなかった携帯電話、スマートフォンに対して積極的に関わろうとするようになり、見る世界が変わったように思う。

 

 2019年の目標もあれやこれや立てているが、果たして大晦日にはどうなっているやら。

 平成が終わるから、平静ではいられない。

 

 

 

 

一年の終わりに

 

 今年は大きな波が大きくうねり、勢いよく自身の環境を、自分らしく変えることができたように思う。

 

 周囲からは「相談してほしかった」と言われ、猛反発を食らって鍼灸師を辞めたことも、ちゃんと考えたうえでの判断であったし、むしろ残念だったのは「もったいない」と言われることばかりで、「どうしてそういう決断に?」と面白く、ユーモアをもって受け止められなかったこと。彼らには彼らなりの人生訓や考えがあるはずだが、何故、互いの考え方を正面からぶつけ合うことが「正」なのか、私には理解できない。

 「自分が我慢してきたから(やってきたから)、お前もそうしろ(我慢しろ)」というのは論理的ではないし、不可逆な人生の時間から見れば致命的である。戦後から高度経済成長の過渡期には、ひたむきな労働力や、苦境に耐える忍耐強さが必要だったのかもしれないが。

 これも、私の考えを誰かにぶつけていることになるだろう。

 

 私は、過去からの習慣で現在、未来を束縛する方法には魅力を感じない。そういう意味では、本当に今年は善い一年であったと思う。失ったものはあっても、今の職場では楽しい人が多く、自然に笑える日々を過ごせている。

 

 下半期でさらにガラッと変わり、従来の株式や投資信託への投資に加えて、暗号通貨での運用を始めた。とはいえ、旧式の思考回路がアップデートされておらず、まだ暗号通貨に対して半信半疑ゆえ、まとめて買うということはしていない。チョコチョコ買い足している程度。

 

f:id:ume8yang:20181231210705j:plain

 

 今年買った洋書。時間がある時に、じっくりゆっくり読んでいるので余り進んでいない。自国語ではさらっと読み流してしまい、理解した気になって実は何も残っていないという苦い経験から、本当に理解したい分野の書籍は洋書(時には中国語)で買うことにしている。だからと言って、英会話や中国語での商談ができる人間ではない。日本語限定仕様である。

 

f:id:ume8yang:20181231211038j:plain

 

 一方、こちらは日本語で書かれた実用書。

 自分を鼓舞させたい内容や、賢くなった気にさせてくれるので実用書は好きである。まるでアハ体験みたいに、書かれている内容が「そういう考え方があるんだ!」と、脳神経を刺激してくれる。あまり時間もかけず、何度でも読めるように読み流す。読み終えても短い間隔で読み返すと、初めて読んだかのような衝撃を覚え、また読み流す。その繰り返しで色んな人の、面白そうな考え方を日々、インストールする。

 

 そしてもう一つ、新しいことを始めた。それはプログラミング言語の勉強。

 pythonの本を読みながら大体、一日15~30分くらい、集中して遊んでいる。まだ始めたばかりで核心というか、基礎的なところを繰り返し繰り返し、繰り返すばかりなので来年の夏くらいには、pythonでできるデータ分析や、深層学習などにも首を突っ込んでみたいと思っている。

 東洋思想とプログラミングを組み合わせて、個々の経験則だけでばらけている要素をDNAの螺旋のように、つなぎ合わせられたら面白いかもしれない。

 

 数時間後には2019年だというけれど、正直、どうでもいい。

 明日も仕事。投資の種を仕入れるため、私は働く。でも、働くこと自体にのめりこんではならない。それはきっと、地獄の入り口をダッシュで通り過ぎるようなもの。

 今朝、スマホをトイレに落とした。あいにく流されはしなかったが、複雑な気持ちも此処に残っている。乾かしたし拭いたし、帰宅後はウェットティッシュでさっと拭いたりもしたけれど、それでもスマホに問いかけたくなる。「お前は本当に、昔のお前なのか?」、と。

 電子マネーのPay機能があるから重宝しており、故障すると非常に困る…。

 

 そんな2018年でした。

デジタル冬の陣 ′18

 

 私が使っている、モバイルwifiルータは今、世情を賑わせているHUAWEI社製のものである。

 

 正直、特定のメーカーの製品やサービスだけ排除しても、世界中から個人情報流出がなくなるとは思わない。ポイントカードを作るにしても、携帯電話を使うにしても同様に、個人情報流出リスクは孕んでいる。今や、生活において情報に触れない日はないのだから。

 しかし、防衛や国家事業の情報流出リスクを唱えるのであれば、数年前に発覚した、国民年金機構の再委託事業者からの情報流出報道はなぜ、いつの間にか消えてしまったのか。委託先が勝手に再委託したとしても、大本である委託元の責任は免れないはずだが、あっという間に話題にすら上がらなくなってしまった。将来受け取れるか定かでない年金、それでも毎月、保険料を納めている身には失望しかない。 

 

 個人的には今回の騒動、話の切り出し方が上手くないんじゃないか。まるで既に、大規模な個人情報流出が起きたように報じられている。利用者や関係者への配慮を欠いた、一方的、かつ恣意的な宣告に聞こえる。

 

 とは言いながらも、別にどちらか一方に寄せるつもりはないし、もっと平和にやろうよと思ってしまう。カリカリするのは梅干しの菓子で十分だし、自然災害含めた地球上で発生する問題があるのに、今更、そこに執着している場合ではないはず。

 一国一国の利益やプライドも尊重しつつ、もっとコアな目線で話し合ってほしい。

 

 さて、難しいことはこれくらいで。

 PAY用に使っているHTCのスマーフォ、指紋認証が使えなくなってしまった。乾いた布やキッチンペーパーで拭いても反応せず、諦めてパスワードに立ち戻った日々。よくよく思えば、iPhone使うまでは指紋認証なんて使ったことなかったので、別にそれほど難しいことではない。

 楽天モバイルで通話SIMと、050データSIMを契約しているがそもそも、そんなに忙しく通信しないものだからむしろ、MVNOのメリットを大幅に削ぎ落している、と気づいた。正直、高速で安定した通信環境が必要なら、大手キャリアと契約していた方がいい。

 

 ただ、友人の数も非常に少なく、数分ごとに連絡を取らなければ生活できない訳でもないので、通信環境のデトックスだと思いMVNOへ切り替えたはずなのだが..。そもそも、デトックスって何だろう。

 電話番号を登録しているサービスなども、既にiijmio回線の方へ逐次変更しており、楽天の方は正直、050データ通信SIMを生かすだけでいいかもしれない(Viberというアプリを使えば、通話にも困らない)。 職場に登録している電話番号だけ、まだ変更していないので追々、相談することにしよう(忘れていなければ...)。

 

www.iijmio.jp

mobile.rakuten.co.jp

 誰かの、いつかの参考までに、貼り付けてみる。

 MVNOの通話料は割高だけど、色々な無料通話アプリが出てきているし、純粋な通話というものが歴史とともに消えたとしても、おそらく大丈夫だろう。

 時の移ろいは恐ろしい。でも、面白い。この時代を生き、生でその変化を感じられる現実を有り難く思う。

 

 

 

 

 

 

すべきことしたいことコトコト煮込めよ

 

 今月に入り、『人生を大きく変える小さな行動習慣(原題;Habit Stacking)』(S.J.スコット 著/和田美樹 訳 日本実業出版社 刊)を何回か読んでいて、それに触発されて今までは絶対に使わなかった、todoアプリを使ってみたら、日々が少しずつ変わってきたように思える。

 すぐに影響される体質といえばネガティヴ、でもすぐに実行できる体質といえばポジティヴ。謙虚と卑屈の境界は、陰陽の境界と等しいように思える今日、この頃。否、もうずっと前からそう思っていたけれど、言い訳じみて聞こえるから「今、初めてそう思いました」、というべきだろうか。

 それは謙虚か、それとも卑屈なのか。所詮、言葉の選択でしかない。

 

 我々は赤い絵の具を使えば、赤い絵を描くと盲目的に信じ込まされてきたが、色というのはそれほどに絶対的なのだろうか。例えば、取り出した絵の具は赤くても、どこかの瞬間でそれが黄色や橙、紫に変わっていないという約束は必要なのか、と時折、感じることがある。

 そういう、何の役にも立たないような一葉の閃きが好きである。馬鹿げていると嘲笑を受けても、我々が見ている世界や現象、事象をヒトはどこまで正確に掴めているのかと、逆に問いたい。ただ、「AはAである」という教育を受けてきたに過ぎず、それはあくまでも仮定なのであって、仮定から事象をとらえているように思う。ところが、事象から仮定を捉える必要があるのか疑問ではある。そもそも、自然界に赤とか橙とか、「A」なんてものは存在していない。

 

 さて、話が迷宮入りしそうなので元に戻そう。なんだっけ...、そう、todoアプリの話。

 読んでいて思いついた方法で、自分が実行するtodoリストを作成するのは面白い。全てを実行しようとすれば、行動の前に疲れてしまい計画倒れになるので、まずは「3件/日」「15分~25分/件」というルールを設定してみた。

 部屋の片付けとか、python使ってみるとか、読書とか。敢えて時間や目的として据えることで、終えた時に達成感を生み出す。実に面白い。

 脳内の神経活動を見られないから推測の域を出ないが、報酬系への刺激やオペラント行動を意識している。あとは一つまみの自己暗示があれば、何とかなる。完全無欠の事実は必要ない、どう事実を既定するかにあるのだ。エラー、フィードバック、それから行動。いわゆる、PDCAサイクルの実践。

 ポジティヴな行動を積み重ねることが、これほどに心地好いものとは思っていなかったので、まだ続けようと思う。面白い選択は躊躇してはならない。

 

 まず、80kgを超えてしまった体重をどうにかしなくては。

 ぶよぶよの腹に喝を入れるため、毎日、5分間の腹筋ローラーも加えてみた。この時間だけ、5分が60分のように思えてならない。しかし、数日間続けただけで腹筋が変化してきたと感じる。

 言葉では難しいが、今までぶよっとしていた腹囲がぎゅっと(力を抜けば元通り)、力が入るようになったというか。そのお陰で、座る時の姿勢が善くなったように思う。

 

 さあ、腹筋ローラーで転がってから寝よう。

 

 以下に、今回紹介した書籍に関係のあるページを貼ってみます。A〇azonですけど、どういうデザインか分かると思いますので気になった方はどこか、書籍があるところで手に取られてみてはどうでしょうか(※私は著者でも訳者でも、出版関係者でもないですので、詳しい問い合わせには答えかねます)。
 

Habit Stacking 人生を大きく変える小さな行動習慣

Habit Stacking 人生を大きく変える小さな行動習慣

 

 

いわゆる大通信時代の船頭に敬礼

 

 昨日、某携帯電話大手事業者で通信障害が起きたらしく、今朝、それに関する報道がなされていた。これが10年前ならどうだったのだろうか、思い出そうとしても思い出せないのは、私の過去に対しての通信が途切れがちな証拠である。いわゆる、記憶力低下。アップデートしたいが、その方法は見つからない。

 スマートフォンを使う以上、明日は我が身だろう。しかし書店に行けば、各都道府県の地図も販売されている。通信が途絶えると何も出来ない訳ではない。アプリで使っている機能だって元々、商店街や量販店などで手に入る商品でまかなえていたはずである。地図、電卓、メモ帳、絵の具、CDプレーヤー、ラジオ、懐中電灯...。通信が途切れても、生きている世界は途切れることがない。

 

 そんな風に言いながら、この記事はノートPCで書いているし、耳をふさいでいるイヤフォンから流れてくる音楽は、純然たるspotify提供である。見事に裏切っているが、恥じる必要はないと思っている。フェーズごとに必要なツールを使う、ただそれが全てではないことを意識しながら。私の勝手なモットーの一つである。

 何事も一面で構成されているとは思わない。両面、あるいは多面であることに面白みを感じながら、時には操られてみたり、また時には背を向けてみたり、「面」と向き合うのをふざけているだけである。こういう姿勢で構えていると、真っ直ぐな人達からは反感を買うこともあるが、それもそのフェーズで起こり得る事象であって、何も恐れることはないだろう。

 

 LED ZEPPELIN「STAIRWAY TO HEAVEN」が流れてきた。20代の頃、『Ⅳ』を持っていてよく聴いていたのを思い出す。少しだけ、私の通信が復旧してきたようだ。

 過去を振り返ることは、多少の時間であれば刺激的だが、ずっとそこに浸っているとふやけてしまいかねない。懐かしい音楽を聴いて思い出す風景、気持ちがあることを誇りに思い、行く先を定めて動くべきだろう。

 

 さて、通信障害。

 いづれ、通信障害が自然災害のように語られるようになるのかもしれない。それほどまでに通信は生活に欠かせない存在であり、便利さや効率性、確実な処理をもたらしてくれる、かけがえのない相棒ともなった。

 相棒がいないと何もできない。それは依存でしかない。

 相棒がいれば生活が華やかになる。相棒がいたから、ピンチも切り抜けられた。

 

 大変な時代だから、相棒とともに共闘して日々の苦難を乗り越えたい。

 たまには相棒を置いて、書店で手に入れた地図を片手に、見知らぬ街を歩くのも面白い。液晶画面に映らない、ICチップの向こう側の景色。補正された色彩は美しいかもしれない。しかし、粗のない世界などあるのだろうか。

 補正された画像に慣れた目は、粗さがしで血眼になっていないだろうか。

 完全な通信などありえない。創造したヒト自体、完全ではない。おそらく。

 

 今朝の報道で、待ち合わせていた人が連絡も取れない中、無事に再開した喜びを分かち合っている場面が印象的だった。

 人と人が会うって、実は凄いことだと思う。今や、時間も場所もすぐに指定できるし、動きながらお互いの居場所も確認できる。でも、それは完全ではないが故に、完全に近づけさせようとしたヒトの努力の証なのだ。それが通信というカタチに現れている。

 

 何を書きたかったか分からなくなったが、おそらくこれも私の通信障害で、これからも通信を、それに関わる多くの人達に感謝と声援を、心のうちから送り続けたいと思う。

冷たく透き通った冬の風に

 

 すっかりデジタル化されている、私の日常は留まることを忘れてさらにデジタル化されています。もう、すっかりって感じで加速している次第で、20代の頃に「文明の利器などクソくらえ!」と、周囲の機器へ嫌悪の眼差しを向けていた、頑なな若者と同じ人間とは思えないくらい。

 

 そんな訳でもっぱら最近、音楽はspotify利用している。プレミアムプランに切り替えるほどではないけれど、CDやダウンロードだと自分の嗜好が直線的に反映されるから、好きな音楽だけ聴くことができる反面、いつも同じアーティストの曲を聴くことで飽きてしまう、しばらく聴かなくてもよくなってしまうという悪循環が生まれて、新鮮さや聴きたいと思う情動が鈍ってしまうようだ。

 個人的な相性の話でしかないけれど、一つの手法、指向に拘ることを手放してみると、意外と好転することもあるらしい。小難しいこと抜きにしても、spotifyは退屈しない(なんか、ステマみたいだ)。

 

 投資対象ではないけれど、暗号通貨(暗号資産)に興味を持ち、小数点以下で積み立てるように買い始めている。よりによって、急落が続いているタイミングにどうしたものかと思いつつ、不勉強であることが幸いして順調に、不規則に買い増している。

 ブロックチェーン技術がどのようなものか詳しくないが、法定通貨が国家間の境界に縛られて為替手数料などが生じる現状が変化するのだろうかと、淡い泡ぶくみたいな期待を抱いてしまう。不勉強であるとは、可能性を創造することなのである。だがしかし、もし法定通貨が消滅した場合、暗号資産の資産価値をどう証明するのだろうか?それは考えたくない。

 考えることは面白い。突拍子もない理屈だろうが、捻り出せるだけで有難いものである。

 

 今、生き生きしている。不思議なほどに。

 忘れたい過去がいっそアプリであったならば、いつでもアンインストールできたろうに。

 それができないことが、ヒトであることの宿縁かと思うと「なにくそ!」と思う。

 そんなものにいつまでしがみついている?

 忘れられないのではなく、存外、私自身が手放したくないだけではないか。

 

 過去が現在の価値を定めるという、空気とともに吸い込んできた認識は錯覚ではなかったか。

 現在の価値を未来から定めることは不可能だろうか。不可能と断じることは未来を閉じてしまわないか。

 未来に思い描く理想から逆算して、現在の価値を求めた場合、現在の価値を高めることが未来の価値をも高められないだろうか。「y=x」ではないから必ずしも、そう単純に運ばないだろうけれど。

 

 ああ、吾輩は空腹である。この時間に空腹になるなんて、書き始めたときは予想してもいなかったな。う~、蕎麦でも食べようか。寒いし。