非常識=多角的視野+多様性仕様

 

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 投資は楽しい。もっと早い時期に始めていれば、いまはそれなりに経験も積み、ある程度の勘を備えていたかもしれないと考えると、焦燥にかられて枕に顔を埋めながら、苦しみ悶える気持ちになりかねない。

 そう、そんな気持ちにはまだなっていない。

 

 株式や投資信託などの情報に目を通し、全く理解できていないから効果的ではないにしても、なんか面白そうな企業だなとかナントカ、理由をつけてはちょこちょこ買い摘んでいる。

 もしも、この年齢でそれなりの蓄えが存在していれば、一気にドッカーンと買い集めることができるだろう。しかし、無いものを羨んでも楽しくは無い。楽しくないものに時間や労力を費やすくらいなら、リスク覚悟で楽しく感じるものに身を投げたほうがいい。

 

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 常識がないと言われている。昔から身内からも言われ、今や自他共に認め合っているくらい、私には常識がない。そして、認め合うことで高め合ってもいる私達の関係ほど、非生産的で刹那的なものもない。

 つまり、私にとって「常識がない」という評価は最高の賛辞であり、最高のお八つ時でもあるのだ。

 年々、洋菓子の甘さが体にはきつくなっているので、おやつは和菓子で軽いものがいい。

 

 眼が痒い。花粉症って好敵手が隣の団地から帰国してきた。

 痒さを通り越して、両眼が痛い。目に入れても痛くないのは孫で、目に入れたくないのは花粉だと、古代エジプト人が話していたようで、私も激しく同意したい。ハゲドウ、ハゲドウ。

 

 さて、宴もたけなわでございますが、だからどうしたっちゅうこともないです、はい。

 

 難しく生きることは難しい。

 楽しく生きるのは楽しい。

 笑うことができたら笑える。

 

 常識なんて堅苦しいのは抜きにして、もっと根っこの根っこにある、こういうことを大事にしたいもんです。誰かさんの常識たって共有されていなけりゃ、独り相撲の胡麻味噌ずいってもんで。

 押し付け合うところにゃ恨みつらみが遺りますし、分け合えば喜び感謝が残ります。

 

 そんな戯言がひょっこり顔を見せたところで、本日は仕舞いと致します。

 結局、私のブログは日記ではないんです。