見果てぬ夢を見せる最果てに

 

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 相変らずの土サス感に溢れた世界観。我が青春は時代劇と、何を隠そう、サスペンス劇場に彩られておりました。

 ピークの頃(20代)には出演者を見たら、◯◯さんは二番目の被害者だろうなとか、△△さんは犯人みたいだけど違うなとか、薄っすら判ったもんですが、今ではその能力を発揮する場面はめっきり減りました。

 

 と、今回は別に往年のサスペンス劇場を偲ぶ記事ではなくて。

 夢です、夢。寝ている間に見る夢と、起きている間に見る夢ならば、私は断然、起きている間に見たいと思います。

 寝ている間の夢ってのは、睡眠を妨げるばかりで困ったもんですね。中医学では「心火」と言い、要するに精神活動が昂り、興奮している様子を指します。

 

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 夢というとなんか語感が弱々しく感じるし、「理想」だなんて言ってしまったら、今度は格好つけすぎて気障ったらしい。じゃあ、どう言えばいいんだって悩み始めれば、眠れなくなっちまいそう。

 何だっていいんですよ、言葉なんですから。言葉は『標』。

 

 さて、気障ったらしい御高説が終わったところで、ホントに本題。

 私、変節漢なんでしょうか。まるで記憶喪失に遭ったみたいな、急な問い掛けですので無視しても構いません。独り言(ご)ちているだけです。

 

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 子供の頃から、よく夢が変わりました。将来の夢ってやつが。

 漫画家、小説家、法医学者、数学者、国文学者、ギタリスト、禅僧、剣道家寺子屋の先生、医者、詩人、翻訳家、警察官、行政書士、パン屋、蕎麦屋鍼灸師、投資家、ベーシスト、などなど(現在に至るまで、順不同)。

 多分、なりたいと願った時間が短すぎて書けていないものもあると思いますが、大体、こういう感じです。中には叶ったものもありますが、叶っていないものが多数で、生きている間に叶えることができれば、まあそれでいいんじゃないってスタンスなんですよ。

 

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 根が不真面目で、面白可笑しく生きられたらってもんだから、カクカク四角い生き方って苦手で。

 本来備わっていないものを無理して、周囲に合わせながらやろうとすれば、そういう時は上手くいかないことが多い。それでも無理して合わせるのが、社会人としての常識だろうと怒られるのは、いつものことなんで勘弁してください。

 

 もっと、力を抜いたらいいと思うんです。この世の中が、ギュウギュウにならないために。

 人間としての最低限、守るべきモラルや尊厳を損なわないならば、社会人としてドウコウってのは置いといてもいいんじゃないか、と。

 

 思うに、日本自体がそういう環境を生きているのですから。

 外を海に囲まれているため、いつも寒冷刺激に曝されており、内側は山林が多く、今でこそ高速道路や新幹線があり、容易に移動もできますが、古来は自分の足で歩き渡らなければならなかった、そういう国土。

 我慢強さ、地道な行動力というのは先祖伝来、遺伝子レベルでの日本人のプロフィールだと思います。

 

 これからはそのプロフィールに新しい、陽気な面白いものが増えても、誰も文句を言わないと思うのです。

 厳寒で育った野菜は甘みを増します。美味しいです。

 玄関で寝込んだ酔っぱらいは怒られます。悲しいです。

 

 書きたかったことを見失ったので、今夜あたり、いつもの夢の中で探してきます。