不眠不休にknock youと叫んだら

 

 一日は24時間と言われて久しい訳ですが、現代社会は始点と終点が同じか曖昧かで、一日は0時間ではないかと自負しとります。始点と終点が異なるからこそ、ですよ。

 何に対する自負かと言われたら、自信喪失、記憶喪失、果てには自我喪失して、回答は差し控える所存ですが。

 

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 働き方改革というものが出回っておるようですけれど、何を改革するのかも明確ではなく、誰の目線で改革をしようとしているのか、甚だ疑問です。お上の目線で、ということですとそもそも、改革という言葉が可笑しい。

 改革という美辞麗句で取り繕うくらいなら、いっそ全て解体してから、身分や立場、資産状況を問わずに全員で作り直すべきだと思いますよ。でも、本当に改革を必要としている人は、そんなことに構っている時間があるなら、働いていると思いますけど。

 

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 日々の費えから税金、保険料、その他大勢のコストに立ち向かうため、人は働かなきゃなりません。とはいえ、働かなくても誰にも迷惑をかけず、最低限の満足があるのであれば、それはそれで好いかなと感じます。

 しかしまあ、上にあげたコスト諸君は諸々、年々、上がる一方ですから一度、その泥沼に入ってしまうと、底無しに働かなくちゃならないのです。

 

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 働き方そのものに問題があるのではなく、なぜ、人が問題が起きるほどに働かなければならないか、その根底から見直し是正していかなければ、改革とは名ばかりの、はばかり三姉妹で終わってしまうでしょう。

 そんな三姉妹、会ったこともないんですけどね。

 

 私が小学生くらいの頃、土曜、日曜休みの店の方が多かったし、祝祭日はもちろん休みでした。元日にゲームを買いに行ったら、店が休みでがっかりしつつも、開店するのを待ち遠しく思ったり。

 恐らく今より、個人商店が多かったからかもしれません。でも、それを恨むことはなかったと記憶しております。

 

 大型商業施設、コンビニエンスストアなどは人を休ませてくれません。その施設のコストを賄うために、全力で稼働していますね。それなら稼働しなきゃいいのに、稼働しなきゃ利益が生まれないから。

 

 非常に便利ですけどその利便性を得るために、利用者もまた、犠牲にしなければならないものがあるのです。極論で申し上げれば、お金は取り戻せますが、時間や体力は取り戻せません。

 このご時世、開いていない店があればイライラします。開けていなければお客が他所へ行くからと、ハラハラしなければなりません。でも、それは何故でしょう?

 

 24時間営業の大型店舗であれば、だんだんとセルフレジのような機会化も進み、働く人を減らすことはできるでしょう。しかし、その働いてきた人は機械ではありませんから、お金を得るために、次の職場を探さなければならないのです。

 経費削減で人員整理を行うところが、その負担まで肩代わりしてくれるのでしょうか?

 

 「働き方」ではなくて「休み方」を改革するべきではないかと、怠惰な私は考えるのです。

 足し算ばかりで何かを成そうとすると、実際はそちらの方がコスト増ってこと、あると思うんですよ。引き算で考えれば、最初は半信半疑、半人半魚でも上手くいったりね。

 

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 読み難い文面で長々と綴ってきましたが、もしここまで目を通してくださった方がおりましたら、貴重なお時間の喪失と、視神経への負荷を補償することはできませんが、どうも有り難うございました。

 素晴らしい人生に、素晴らしい休息を。