2017年雑感 其の二

 

 すっかり忘れていた。

 そろそろ年末を締めくくる記事を書きたいなと思い、久しぶりに開いて、「あっ!続編書かなきゃ…(-_-;)」と、運命の再会を果たしましたので、ゆっくり書いていきます。

 

 ゆっくりと言っても、後にも先にも2017年は今日限りですし、作家ではないのに否が応でも、締切を意識してしまう訳です。

 f:id:ume8yang:20171231163840j:image

 

 これまでに34年間生きてきました。

 年明けの如月にはまた一つ齢を重ねるのですが、それは置いといて。

 後悔のない人生など無いと、恐らく誰か実のある方が申しておりましょうが、実のない私もそう思います。というより、私の人生をパッカーンと割ってみたら、きっと後悔ばかりでしょう。

 書いていて、そりゃ寂しい人生だなと思いました。

  f:id:ume8yang:20171231164304j:image

 

 さて、ようやく本題。と言えば、今までの何だったの?と感じる向きはありましょうが、私にもわかりません。

 今年は夏に転職、と言っても鍼灸師は続けておりますが、未知の領域に首を突っ込み、右往左往しながらやっとこさ、今日まで過ごしてきた次第で。

 

 訪問鍼灸は確かに、今後、発展が期待される分野かもしれませんが、2025年には社会保障費が行き詰まるかもしれず、非常事態には備えておかなければ施術者も、利用者も行き場を失いかねません。

 労働人口が減りながら、介護や医療を必要とする世代が増えていくとき、果たして国民皆保険制度は生き永らえることができるのか?仮に、生き永らえたとしても、その後に凄惨な状況が待ち構えていないか?

 

 ええ、急に真剣な話題になったので、私も驚いています。

 それまで勤めていた個人の整骨院を辞め、医療法人の後ろ楯がある現場に入った訳ですが、日常的に業務をこなすということは、確かに組織の枠内では当たり前だろうし、必要最低限なものかもしれません。

 

 ただ、この世の中に当たり前のものがあるとすれば、全ての生命が生きるために活動しているという一点であり、ヒトは感情を持つが故に、複雑ではありながら、楽しんだり悲しんだりしながら生きるのです。

 ヒトは組織や機構の歯車にはなれないし、なるべきではない。私はそう思います。

 

 少し格好いい事を書いたので、次回で終わらせます。