混沌丸出し人生 其の七

 

 さて、アレルギー性鼻炎に悩まされながらも、どんどん音楽の深淵に突っ込んでいた青年は、1960年代後半の洋楽探究に始まり、源流を辿り彷徨ううちに、ブルースやレゲエ、アフロビートなどに取り憑かれ、リスナー街道まっしぐらでした。そこでふと、閃きました。

 

 「本当にギタリストになりたいのか?」、という霊感。

 それは、小学生の頃、母の田舎で寝ていて金縛りに遭い、大きな落武者の生首を見た時以来の、霊感だったと思います。今ではその霊感さえも失い、五感のうち、残りは三感しかありません。貴重です。非売品です。

 

 (小略)

 

 それから事あるごとに、知り合いのライブを観に行ったり、知り合いのバーで酔い潰れたり、少ない財産で人生を謳歌していた時期。

 実は、強いアルコールに惹かれ、可能な限り飲んでいたのは、その場の雰囲気、会話が楽しかったからですが、もう一つ。当時はまだ声変わりしていなかった、甲高い自分の声が大嫌いで、少しでも喉を潰したかったからでもありました。

 

 性腺機能低下症で、二次性徴を迎えなかった肉体を壊したかった。でも、生きていることを楽しみたい。その欲求はサディスティックでありながら、マゾヒスティックでもある、表裏一体の欲求でした。

 

 (中略)

 

 好みの音楽が聴覚を刺激する瞬間、様々な感情が流れ込んでくる。怒り、悲しみ、悔しさ、楽しさ、エトセトラ、エトセトラ。はて、エトセトラというのは感情でしょうか。

 音の海の中に漂い、心身の乱れたメーターが改善されてくると、自分が望んでいるのが「承認」であり、「支え」であるように思えてきて、曇っていた視界が晴れた気がしました。

 

 烈しいコンプレックスを隠し続けながら、悔しい想い、治らぬ病という不条理に直面しても、誰の助けも要らないと突っぱねて偏屈になり、それなのに、本当は誰かが助けてくれないだろうか、とも願い続けた。

 非常に厄介で、迷惑な奴。

 

 そういう中で、音楽との出逢いが私の人生に波紋を広げ、乱れた生き方を直視させ、音楽を通して知り合えた方々は、今はなかなか会えておりませんけど、今でも心の支えです。

 彼らは音楽活動だけではなく、アルバイトなどで働き詰め。元気そうに見えるが、もしかしたら相当疲れているのかもしれない。何かできないだろうか?

 

 その時、利己利他の両面を照らす、ヘッドライトが見えたように感じました。

 その続きはまた次回に。眼の疲労からくる首・肩の凝りにご注意下さい。