混沌丸出し人生 其の四

 

 前回、恥を晒すと書いたものの、何が、どこが恥に値するのか分かり難かったと思う。

 しかし、「性腺機能低下症」「カルマン症候群」という、恐らくは大半の人が生きている間に聞かずに終わるような、未知の診断名の詳細を調べて頂ければ、その正体がお分かり頂けるだろう。

 

 その診断は、戸惑いや不安を与えた訳ではない。その瞬間の感情を思い出すなら、限りない喜びだった。

 マゾヒスティックな理由からではなく、永年、意識したしないを抜きにして、生まれた時から未解決なまま歪だった自分自身に、客観的な判が押されたのだ。喜ばずにいられるだろうか。

 

 確か、その夜は静かに泣いたと思う。但し、記憶はいつだって過ちを犯すから、真実かどうかは約束できないが。

 そしてその時、手術や薬などが医療の本質ではなく、この診断という、客観的に判を押してくれるシステムこそが医療の本質ではないか、と感じたのです。

 

 もちろん、外科手術や投薬が必要な疾患も数多く存在するが、それを導き出すにも診断ありき。

 診断が与える不幸が「束縛」だとするなら、その幸福は「承認」ではないか。今でもその想い、否。海より深い思い込みは変わりません。

 

 さて、次回はそんな「束縛」について、ヒットアンドアウェイさながらに振り返りますよ。

 英文をカタカナ表記するの、嫌いです。Hit and away!